白百合の絵本と毛糸。

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2015/10/26 [Mon]
一次創作SS◆じめじめとした背中にはキノコが生えている
話題:創作小説
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 当たり前のようにあいつは日々を過ごしている。背中にキノコが生えているのにも気付かないで、あいつも平然と歩いている。でもそれを言うと変な顔をされるのは数年前に学んだ。小さい頃は笑って済まされていた事も、年を重ねるごとに*****と言われるようになった。
 だから私は皆には見えないそれを引っこ抜いてやりたい衝動を何でもない顔をして我慢していた。
 なのに。

「流石私の娘ね! 母さん鼻が高いわ」

 ほんの少し高いワインを傾けて上機嫌に笑う目の前の存在。
 その人の視線の先には沢山の理解できない生物と、その小島のような青い背からにょっきりと木々のように生えた紫のキノコを描いた絵画があった。去年の暮れに私が描いたものだった。

「あなたってば、小さい頃から人の背にキノコが見えるって言ってたものね。こう言う事だったのね」

 こう言う事って、どういう事かわかっているのだろうか。おそらくその人と同じ様に何かの比喩か表現であると考えている隣に座った人は、満足そうにうんうんと頷く。

「父さんはお前がこういう立派な人間になると信じていたぞ!」

 その背にも勿論、背凭れに潰された傘が見えている。
 戸惑った目で出来るだけ開こうとした距離に、**が気付かなかったとでも思っているのだろうか。
 溜まりに溜まった汚泥のような感情をぶちまける為に描いた絵が、その世界では有名らしい人の名の付いた賞を取った。その途端パシャパシャと、今まで普通の人間扱いされなかった事は忘れろと追い立てるようにフラッシュが焚かれた。
 いっそこちらの方がまだ美しいモノクロに印刷されたその光景は沢山の家庭に配られていき、それから一年。他の賞を取ってしまったり依頼が舞い込んできたりで、その人達は私を普通の人間だと認定した。
 私にはもう、すっかりとその心は無くなっていたのに。

「有難うございます」

 お金が目当てであるとか、名誉が目当てであるとかは思わない。
 ただ、その人達はあの瞬間に安堵したのだろうと思う。
 そして、私という本来の存在と真実は尚も否定されているのだろう。

 同じテーブルに着いて自分も否定できるように脳を揺らす赤い液体を、その人達と同じ様に煽る。
 でも今夜はどうも駄目だったらしい。耐性が出来てしまい、私よりもよっぽどくらくらとおかしくなって笑う二人を本来の私で冷たく眺めてしまった。
 まあ、何をしてもこの状態ならば何も言うまい。明日になれば記憶が朧気にさえなっているだろう。

 そう思って、私はふらりと二人に近づいた。

 やはり耐性が出来たのではなく、酔い過ぎていつもとは違う感覚に陥っていたのかもしれない。
 その背に今も見えていたキノコをそっと掴んだ。そして軽い力でひゅっと引っこ抜いた。

 ……結論から言えばその人達は大して変わらない毎日を過ごした。
 わかっている。自分が特別な力を持っているなんて、漫画やゲームみたいな事は思っていない。
 二人は底抜けに明るくなっただけであった。元々そんな雰囲気があった上、私の事があって浮かれているのだろうと周りは受け入れる。
 おそらくキノコにとってじめじめとした背中が、棲息するのに丁度良かっただけなのだ。何もおかしくはない。
 おかしくないものを掴めた私もおかしくはない。それが見えるのもおかしくはない。
 けれどそれが見えない人にとって、私はおかしい。どうにも出来ないそれを、私は必死に耐えてきたのだ。なのに。

 今もあの人達は私を普通の人間扱いして、私は真実を押し込めている。
 時々勝手に引っこ抜いた色んな人の背のキノコを、自分用の棺に貯め込んで。




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