日々徒然
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イラストなど

(注意)


ウチの父の背中
2018.7.19.Thu 23:26
[メンタル病んでます]

母に言わせると
私は小さい頃、「パパ」におんぶされるのが好きで、おぶられると、すぐウットリしていた
どこかに出掛けても、すぐ歩くのを面倒くさがって座り込んでしまうので、「パパ」がおぶってやった
幼稚園の親子騎馬戦でも、「パパ」の背中でウットリして、全然ゲームに参加していなかった


……実際

「パパ」の背中におぶさって、したのは「ウットリ」じゃなくて、「グッタリ」
「具合が悪いから出かけたくない」
といくら言っても、寧ろ、そう言う時程、母が、体格差にものを言わせて無理矢理外に引っ張り出して歩かせる

動けなくなって座り込むと、母が
「置いてくよ!」
と本当に置いていく
安心して、距離を置いてついてきてくれたご近所さんや祖父母の元に行こうとすると、慌ててクソ親父が戻って来る
「また、ミノリはおんぶされること期待して!!」
と無理矢理、私を背に負おうとする
とりあえず、近くに「ママ」がいないなら、クソ親父を取り押さえ、お巡りさんに引き渡しました

この時、母が近くにいると、「パパ」のワガママを守る為、妹にどんな危害を与えるか解らないので、様子を伺って動くのが大変でした


幼稚園の親子騎馬戦も、「ウットリ」してたのでは無く「グッタリ」
ゲームに参加しない、って、クソ親父が騎馬戦に参加しようとしなくて、幼稚園の敷地外まで走って逃げたからですよ
騎馬戦の、騎士の方には、ゲームに参加するしない、を選択する自由、無いですからね

まだ覚えているけど、騎馬戦でクソ親父がゲームに参加しないから、逆にこれを利用しよう、と
途中で馬をクソ親父から祖父に代えてもらって、祖父におぶわれたまま病院行ったんです

母が妹に何するか解らないし、数日の入院を要する病状では無かったので、運動会が終わる頃にそっと戻って来ました
幼稚園の先生達には、ニセ両親の前で
私が競技に参加していたけど、ニセ両親は気付いて無かったようだ、あれでも親か
という三文芝居を演じてもらいました

何でここまでして生きていなきゃいけないんだろう

(0)


母と食事量
2018.7.18.Wed 22:49
[メンタル病んでます]

母は精神状態が不安定な時期、四六時中、声の限り、独りで叫び続けて、体力を使っていましたから、よく食べました
しかし、女性は小食の方が良い、とか思っているのか、自分の食事量を認めず、私や父がよく食べる、と言い張りました

実際、私もクソ親父も小食です

ましてや、クソ親父は、動きません
腹がすく筈がない
そして偏食で、白米と漬物しか食べない、なんて珍しくないですから、自然、白米を食べる量は多い
その白米の量だけを見て、母は
「パパは細い割によく食べる」
と言い張って笑いました

私が、「よく食べる」のは、体調を酷く崩す前兆です
基本、小食
小食だから、腹が空くのが早く、よく何か口にしては、いる
いるけれど、間食にポテトチップス一袋食べたら、そのあとの一食は食べられない
妹の「可愛い可愛いウチのM」は、それに気づいていても、知らんぷりで、「ママ」の言を全肯定です


今は知りませんが、私が小学生の頃、学校給食は、栄養士が、一食に必要な栄養素を考えメニューを作っている、という事で、基本的に、残す事は許されませんでした
食べきれないと、持って帰ってもいけない、給食の時間が終わっても、食べ続けなければいけませんでした
ただし、「基本的に」という訳で、個人的に何か理由があれば、残しても許されました

祖父母や、学校の先生が、ウチの親に、
「ミノリは小食だから、給食の量を加減してくれ、と学校側に申し込んでくれ」
と言いました
母は、連絡帳にも、学校への電話でも
「ミノリはよく食べます!給食も多めにあげて下さい!」
と言いました
怒れば怒る程、「ミノリはよく食べる!」と言い張りました
絶対、私が小食だと認めませんでした

給食は半分も食べきれず、残り半分は
くちにいれ、咀嚼したら、吐く
を繰り返して片付ける事になりました

しかも、時折、ニセ両親は、給食の時間、学校に来て、私の前に一人前以上の給食が用意されているかどうか、確かめました
給食量が少ないと、母が叫び、暴れました
お巡りさんに捕まっても、自分達の異常行動を認めませんでした

校舎1階部分に教室があった、小学校1、2年時は、そうやって給食を吐きながら過ごしました
3年になり、2階に移動すると、ニセ両親は、特にクソ親父が、教室の階が変わった事に対応出来ませんでした
二人は1階の教室に行っては、追い出されていました
ニセ両親の目が届かなくなった3年から、卒業するまでは、給食を少なく盛ってもらえるようになりました
中学になると、なんとか給食一人前、食べられるようになりました


最近、母は自分の食事量を
「年がいって食事量が減った」
と言うのですが
あんなに四六時中泣き叫んでいたのが、今はそうでもないのだから
体力を使わなくなったから、食べなくなった、だけです

そして今、私、夏バテで、出来れば肉魚、食べたくない…
食べないと余計にバテるから無理にでも食べるけれど!食べたくない

(0)


赤ちゃんのオバケのお使い
2018.7.17.Tue 22:42
[米ドラマ]

私の大学は山梨県にありました
入試の日、前日から山梨県入りしました
「独りで行く」
と何度も何度も言ったのに、クソ親父がついて来ました
「ホテルも二人分、予約した」
「じゃ、ホテルの名は」
と聞くと
「行けば解る!とにかく大学へ行け!」
しか言わない
大学の最寄駅に着くと、ホテルの名前も住所も覚えていない、と言う
母に電話をする、と言うと、地団駄踏んで嫌がる
「ホテルの最寄駅も、大学の最寄駅と同じだ、って母ちゃんが言ってた!」
と言うので、仕方なく、その最寄駅の駅員さんにお願いして、その駅周辺のホテルに問い合わせてもらい、予約したホテルの場所が解りました

試験日
「私が試験を受けている間に、土産として信玄餅を買っておけ
信玄餅を売っているお店に行って、この封筒を渡して、品物を受け取れ」
「お店の方へ」と表書きした、お金と、用件を書いた紙を入れた封筒をクソ親父に渡しました
ホテルの人に、信玄餅を売っているお店を聞き、
「そのお店で買い物が済んだら、ホテルの前で待っていろ」
と、よくよく言い聞かせました
クソ親父は
「わかってる!わかってる!」
と言って、私の話をちゃんと聞かない
ホテルの人が「店まで連れて行きますから」と言ってくれたので、任せる事にしました

試験が終わり、会場を出ると、門の前に、数人のお巡りさんに腕をつかまれたクソ親父が居、
私を見るや、お巡りさんに向かい
「御苦労!」
思わずその頭を思いっきりぶっ叩きました
しかし、無痛症、軽い脳しんとうと涙目にはなるものの、平然としている
手に持つ紙袋からは、何か強いにおい
お巡りさんから、クソ親父に渡したお金の入った封筒を渡されました
「中身は使ってません」
との事に、理由を尋ねると

クソ親父の行動の異常さは、ホテルの人には手に余り、お巡りさんに交代
信玄餅を売っているお店に連れて行って貰ったのに、店に入るや、封筒を出さず
「この店で一番売れてない奴を出せ!」
お巡りさんも、封筒の話は聞いていたので、びっくりして、親父を叱るが、親父は頑として譲らない
結局、お店の人にも嫌がられながら、その店で一番売れてない、山椒の香りキツイ煎餅を、幾つも購入
しかも、帰りの切符も今買う、買い方が解らない、と言い出し、譲らない
「独りで帰れ!」
とお巡りさんも堪らず怒鳴り、しばらく押し問答があったらしいのですが、クソ親父、絶対譲らず
お巡りさんが、大学側に、試験の終わる時間を尋ね、クソ親父の免許証から、ウチ迄の乗り換えを大学最寄駅で調べて、切符を買ってくれたそうです
勿論、切符の代金も、煎餅代も、クソ親父持ちで

どれだけ怒っても殴っても、自分が悪い、と解ろうとしないクソ親父
電車の時間だから、乗り換えの駅でみつけたら信玄餅を買う事にしようと、帰路につきました

帰りの電車、鉄道職員さん方が、クソ親父をしっかり見ていてくれたので、行く時程は困らせられませんでした

信玄餅は買えませんでした

学校に一応、山椒の煎餅を持って行きましたが、当然、大不評
クソ親父は
「これが一番売れてる、って店の奴言ってたのに」
という嘘もつきました

しかも、私が大学入学後、暇があれば、ニセ両親、泊りがけで私の下宿に来ました
何時も、私の下宿に来てから前述のホテルに空いているか電話
終いには、出入り禁止になり
「あのホテルはもうやってない
飲食店になった」
と言い張り(勿論、ウソ)毎回、泊まるホテルを変えましたが、毎回、私の下宿に来ては
「いつものホテルに泊まるから」
と言い張りました

何でそんなウソばかりつくんだ、と怒ればニセ両親、どちらからも
「みんな"いつものホテルに泊まる"って、そう言うだろ!みんなが言ってるからそうなんだ!ウソついてるのはお前だ!」
と訳の解らない言葉が返って来ました


どうしたら、コイツら、死んだ方が楽だ、というくらい苦しんでくれるんだろう?

(0)


母と仕事
2018.7.16.Mon 22:40
[メンタル病んでます]

私や妹が小さい頃、母は一日中家にいました
普通のお母さんなら、専業主婦です
ウチの母は、主婦業をほぼしませんでした
父は、会社をずる休みしたり、勝手に早退してばかりで、四六時中、家にいました

母は、周り中から、
「せめて、働きに出ろ」
と言われていました

クソ親父は、
「子供が帰って来た時、家にいて欲しい
俺の稼ぎで充分やっていける筈だ」
と言い張っていました

普通に考えて、会社を休んでばかりいる人間の稼ぎなど、たかが知れています
そんなの、子供にだって解りました
その上、少ない稼ぎを「貸す」という言葉を使って、己の兄などに殆どあげてしまう
親父の稼ぎでやっていける筈が無い

更に、クソ親父が言う「子供が帰って来た時」の「子供」とは、自分の事を指していました
クソ親父は、自分が帰って来た時、母が家にいないと
「子供が帰って来た時、ママは家にいるものだ!」
と泣き叫びました
私や妹の下校時間に、母が外出していても、クソ親父は、一向に気にしませんでした

しかし、母は現実を解ろうとしませんでした
「パパ」の言いつけ通り、働かず家にいました

そのうち、ずっと家に居ると、息が詰まるようにでもなったのでしょう
習い事に出てみるようになりました

母は、正気を手放している状態でしたから、その習い事の間中、喋り通しで
先生や周りから注意されても、嫌がられても、見えない聞こえない

結局「もう教室はやめます」とか、「引っ越して、遠くに移るので」とか、理由をつけて追い出されました
母は解ろうとしませんでしたが

習い事に行こうとしても、先に断られるようになり、ようやく、
「働きたい」
と言い出してくれました
クソ親父とは、先の理由で揉めましたが、最終的には、「パパがおれる」というごっこ遊びを経て、午前中だけでも働きに出るようになりました

幾つか、数日で放り出されたり、たった一日で泣きながら帰って来たり、して
最終的に、あるメッキ工場で長年お世話になりました
そのパート先に、母は、足を向けて寝られないくらい色々仕出かしてくれたのですが

やっぱり本人、解ろうとしない


本人は、結婚前
「パパ」と同じ会社で働いていた、とか
タイプライターの資格持ってたけど一度も使わなかった、とか
言い張るのですが、実際、自分がどれだけ世間知らずか、解ろうとしません
私が仕事の話をした時、母はとんでもない事を言い出し、クソ親父は、更にとんでもない事を言いだすのですが、自分や「パパ」が言っている事が、どれだけ実社会で通用しないか、さっぱり解ろうとせず、寧ろ、私を世間知らず扱いです

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死にかけた話と、イラストと
2018.7.15.Sun 22:18
[メンタル病んでます]

小学生の時、体調が悪く、家のトイレで吐いていた時、吐瀉物が気管に詰まって、呼吸が出来なくなった事がありました
家族は全員居ましたが、トイレのドアを叩いても、誰も来ない
トイレの床を転がるように苦しみ、胸やみぞおちを自分で強く叩いて、ようやく、詰まった物が取れ、呼吸が可能に

這うように、居間に行くと、ご近所さんが
「ミノリちゃん、トイレで倒れてるだろう!吐いているのと、床に倒れて苦しんでるのが聞こえた!」
とニセ両親に怒鳴り、母は
「そう!ウチのパパ、身体弱くて!」
と笑っていました

妹のねこちゃんが、青い顔をして、言いました
「お姉ちゃん、トイレで倒れてない?て言ったら、"ママ"が
そういうのは知らんぷりしてればいいの
ウチで身体弱いのはパパだけで充分
て、笑って私を引き止めた…」

そこまでして死んで欲しいなら、殺せば良いのに…



pixivに『セーラームーン』の2次創作イラスト、「セーラージュピター」一枚増やしました
お暇ならご覧下さい

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