◇ 花鳥風月 ◇


9月27日 16:51 :【遥か夢】

『運命の双子』4




『あのね…今日は、お花見をしに来たの。
こんなにいいお天気なのに、
部屋に閉じ籠っていたらもったいないでしょう?』

「まぁね。でも、僕にとっては最高の昼寝日和かな」


那岐はそう言うと、先に桜の木の下に
座っていた李桜の隣に腰を下ろし、
そしてそのまま、姫の膝枕は自分専用だと
主張するように、当然の顔で
李桜の膝に頭を預け、寝転んだ。

李桜も「仕方ないなぁ」と
困りながらも嬉しそうな笑みを溢し、
幼馴染みの昼寝を受け入れ、
自身もゆっくりと瞼を閉じた。


(それにしても……何だろう?
こんなに穏やかで暖かいのに…

…怖い…嫌な予感がする…

心が冷たく震えるような…

大切な人を…失ってしまう…

この強い不安は…何…?)


「………──」

『……? 那岐?』

私はまた、無意識に眉間に皺を寄せ、
深刻な表情をしてしまっていたようだ。

「千尋も、李桜も、お姫様なら、
もっと可愛い笑顔で明るい方が、絶対いい」

『那岐……』

「李桜と風早が千尋を守るなら、
李桜の事は僕が守る。だから……」


──君は孤独(ひとり)じゃない──


「……! うんっ!ありがとう……!」


久しぶりに、心の奥から幸福感と安心感が溢れ、
冷たく張り詰めていた心が和らぎ、満たされ……
李桜は、これ以上ない程の、
最高に満開な笑顔になった。

恐らく、今まで生きてきた中で一番の、
心からの笑顔。

それは、この三輪山一面に咲き誇る
満開の桜達に負けず劣らない…
幼き姫がその小さき背に背負い込む、
暗く重い哀しき運命を吹き飛ばすかのような、
歳相応の輝く笑顔で──。


「……っ!」

(なんだ…ちゃんと笑えば、
凄い綺麗で……可愛いんだ……
ちょっと、ドキッとした……
でも……なんか、このままじゃ悔しいな……)


「あ、ちょっと動かないで。目、閉じて」

『……?』
(桜の花びらでも顔に付いたのかな?)

那岐の言葉を疑う事なく、李桜は
素直に目を閉じて、動きを止める。


──チュッ。


『……っ!』


那岐の手が、李桜の髪と頬に
ふわりと触れて、優しく撫でる。
その気持ちよさに安心して、
されるがまま身を委ねていると…

前触れなく、李桜の唇に、
那岐の唇が数秒間、重なった。

思考が停止して硬直する李桜に、
満足した那岐は悪戯な笑顔を返す。

「もしかして……初めてだった?
すごく、赤くなってる」

『……っ! 那岐は、初めて、じゃないの…?』

やっとの思いで出てきた言葉は、
言葉を発した本人が一番驚く程、
今にも消え入りそうなか弱い声。

「僕も……初めてだよ」

そう言い終わるより先に、
李桜は那岐に抱き締められた。

(あっ……

那岐の匂い…こんなに近くで……──

すごくドキドキしてるのに……
すごく、落ち着く……)


「李桜……」

『っ……』

耳元に囁かれた声音は、まるで人恋しくなった猫が
甘え寄って来たような、ひどく甘えた声。


李桜も那岐も、
普段は他人に甘える事が苦手で、
いつも一人で居る事が多い。

でも、どうしてだろう…?

甘え下手同士が心を許しあったら…
こんなにも甘く、
優しい気持ちで満たされた……


──囚われの忌み子と捨てられの忌み子は、
互いの傷と寂しさを埋めるように…
共に眠り、夢路へ旅立つ程、
いつまでも抱き締めあっていた……──





つづき 



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