まこはる









ガラララララ

教室の後方の扉を開け、自席をまっすぐ目指す遙のその堂々たる足取り。教室中の視線が注がれているのも気にしていないようだった。時は朝のホームルームで、担任の天方先生が出席を取り終えたところ。

「七瀬くん!今朝はどうしたの?どこか具合でも悪いの?」
「何でもありません」

そう、遙は遅刻して教室に入ってきた生徒とは思えぬ態度で、悪びれる様子も無く言い訳もせず、席に座った。

「それじゃ、どうして遅刻したの?」
「…」
「言いにくい理由があるなら後で聞くわ。風邪が流行ってるし、体調悪い時はみんなも無理をしないようにね。では、これでホームルームを終わります」

なぜ遅刻したかって?
そんなの、迎えが来なかったからだ。

ホームルーム終了のチャイムがタイミング良く鳴り響くと、同時に教室中の各々が立ち上がる。椅子が床に擦れる音と、喋り声笑い声。遙は雑踏の中でひとり頬杖をついて右隣の空席を睨んだ。今日は橘真琴が発熱で休みだ。




「えーっ!今日はまこちゃん学校休み?」

渚がパンを頬張りながら、口周りを汚して叫んだ。最初は真琴にしぶしぶ付き合って、昼休みの度にこの屋上へ来ていた。今は教室より開放感があって、晴れの日はぽかぽかとして暖かくて、それに向こうのプールが見えるし、部員で集まる昼飯も悪くないな、と遙は気に入っている。今日は1人足りないが。

「真琴先輩心配ですね…」
「怜ちゃんも、こないだ3日も休んで大変だったよねえ」
「あれは渚くんのせいです!大雨の日に走って帰ろうなんて言うから!」
「でもボクは風邪引かなかったよ?」
「渚くんは心身共に人より逞しくできてるんです!自分を基準にしないでください!」
「酷いーっ、もう、なんとか言ってよハルちゃん!」

黙って弁当の鯖をつつく遙を見て、さっきまで言い合っていた渚と怜が沈黙した。3秒ほどの静寂。その様子を見ていた江が「あー、そういえば真琴先輩が居ないと、遙先輩の代弁してくれる人が居ないから…」と苦笑する。その言葉が聞こえているのかいないのか、遙はまだ半分以上残った弁当にフタをして屋上から出て行ってしまった。

「ハルちゃん、寂しいんだね」
「渚くん?今何か言いましたか?」
「なんでもないよ!さ、怜ちゃん、どっちが先に完食できるか競争だーっ」
「だめだめだめ!食事はよく噛んで食べなきゃだめ!食べたものが血となり肉となるんですよ、2人ともスポーツマンの自覚が足りてない!」

いつもより2人足りないはずが、今日も屋上は賑やかだ。







ピンポーン

「はーい、って、ハル!?」
「ん」

橘家を訪れた遙は、真琴が出てくるなりコンビニのビニール袋をぐいっと差し出した。時刻はまだ昼過ぎで、まさか玄関先に遙が居るとは想像もしていなかった真琴はポカンとした。

「ハル部活は?授業は!?まだこんな時間なのに帰ってきたのか!?」
「そんなことより体調大丈夫なのか」
「ハル…」

俺のこと心配で帰って来ちゃったの?と真琴は嬉しそうに微笑みながら、目を潤ませた。感極まって遙を抱きしめようとしたが、その腕はかわされて空中を抱いた。

「俺に移すな。泳げなくなるだろ」
「酷いよハル!でも実は俺元気なんだ。蘭と蓮が揃って熱出して、けど今日は母さんがどうしても家をあけなきゃならなくて」
「看病のために休んでたのか」
「うん。心配かけてごめん」

真琴はとりあえず遙を玄関まで招き入れて扉を閉める。妹弟が寝込む部屋に入れるわけには行かないが、立ち話もなんだから、少し狭いが玄関で座り込むことにした。真琴と遙が並んで段差のところに腰掛けると、肩が触れるか触れないかぐらいのむず痒い距離が出来た。

「蘭と蓮の具合は?」
「微熱まで下がったよ。嫌がってたけど頑張って薬も飲んだし、今はぐっすり寝てる。ところでその袋、俺にお見舞い買ってくれたのかな」

遙がビニール袋を広げ、真琴が覗けるように見せた。底のほうに、溶けてたぷたぷになったソーダアイスの青い袋が横たわっている。

「いつもお前と半分こしてるから」
「もしかして、1人で食べるのが寂しかった?」
「別に…真琴も熱があるなら、冷たいものが食べたいだろうと思ったんだけど」

さすがにあのコンビニから家までの距離を考えれば、クーラーボックスに入れたわけでもないのだから、アイスは溶けるに決まっている。真琴はつっこみたかったが、バツが悪そうにたぷたぷのアイスの袋を指で突く遙を見て、言うのをやめた。水を差すようだと思ったから。

「ハル」

今度は抱き寄せても遙はかわさなかった。瞼を閉じることはせず、お互いの顔を見つめたままどちらからともなく一度キスした。





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後編(裏有)へ続きます
二次創作小説