ケトルは魔術についてなんとなく理解出来る様になっていた。例えば、威力の高い、或いは複雑な事象を起こす魔術ほど呪文の詠唱に時間が掛かる。反面、炎を燃やす程度の魔術ならば時間は掛からない。
今のは短い詠唱だった。
ケトルが駆け出すのとほぼ同時に光が灯る。テロルがよく使う目くらまし戦法。網膜に広がらんとする光輝の奔流を、目を瞑ってやり過ごす。
足は止めない。光の直撃を受けて悶えるローブの男との距離を一息に詰め、剣を振り下ろした。
鮮血が舞う。男が悲鳴を上げ身を捩る。テロルが放った炎がさながら矢の様に男の肩口を穿つ。ケトルは再度斬り付けようとして、男の様子がおかしいことに気付いた。
脂汗を浮かべ小刻みに震える男の右腕が、一瞬にして倍に伸びた。
黒い皮膚に覆われ、粘液に濡れた異形の腕だった。

「これって……!?」

あの異界の腕に似ていると言おうとした所で、薙ぎ払いの一撃が来た。脇腹を殴打される感覚に吹っ飛ばされ、なすすべも無く床に転がされる。
見れば、テロルも倒れ伏している。
男の腕が伸びた時と同じ唐突さで元に戻っていく。異界より運ばれ来る風は更に勢いを増していた。