エラムは平凡な魔術師の家系に生まれた。魔術の才はそこそこの、どこにでもいる魔術師の子供だった。
魔術の研鑽と研究の日々は幼いエラム少年にとって、それは少し退屈な日常だった。親に言われるまま、ただ高みを目指して進む日々。自分の人生は自分以外の誰かの言いなりなのだろうかと考えたこともあった。
しかしそんな固定観念は唐突に崩れ去る。
父親に連れられて行った、湖畔の邸宅。父の友人たる魔術師との合同研究。エラム少年は研究の内容よりも、初めて見る湖畔の景色に胸を躍らせていた。
その夜は満月だった。今でもエラムはそのこの世のものとも思えないうつくしい光景を、高揚を伴って思い出すことが出来る。
すなわち、トンボに似た翅を持った湖の妖精を捕らえ、そっと水面に触れる様に、慈しみを以て腹を裂き臓物を引きずり出し磨り潰し、執拗に嬲る父とその友人の狂乱の有り様を。
そして月明かりの下、魔力を涙の様に散らし、透き通った宝石の様な肉片をポロポロと愛らしく零す妖精がおそるべき生への執念で父とその友人の首を刎ね、エラム少年が大人達の血飛沫に目を瞑ったうちに飛び去った一瞬を。
後には水の音。エラム少年が追った時には既に妖精は湖に飛び込んでいた。広がる波紋の中に奇妙なものが見える。妖精だった。さっきの妖精とは違う。沢山の妖精達が水面越しにじっとエラム少年を見ていた。

「……ああ――」

エラム少年はその場に膝をついた。体の奮えが止まらない。呼吸さえも熱を帯びるようだ。

「人間よりも高みにいる者達……!」

父の死など、とうに頭から抜けている。
そんなことよりも、胸が高鳴って止まらない。
心の中をただ一つの思いが占める。ああ、あの者達の様になりたい、強くうつくしいあの者達の様に。
この夜からエラムは変わった。人生に目的を得て、以前よりも生き生きとするようになった。半面、人間に対しては――それが母や兄弟に対しても――どこかよそよそしい態度を見せる様にもなった。
かつてはこの変化を恋の様だと揶揄する者もいたが、エラムにはどうでも良いことだった。
まもなく願いは叶うのだから。