「ああマリア、こんなに大きな街に出かけるのなんて久しぶりだねぇ! 御覧、人がこんなにいるよ! どうやら今日はお祭りのようだね。村のお祭りよりも活気があって、賑やかで、みんながこんなに楽しそうにしている。ああ! いい日だ! だけどごめんよマリア、先にパパの用事を済ませなくちゃいけないんだ。わざわざ都会に出向かないと手に入らない素材がどうしても必要だからね。これはマリアのためでもあるんだ、賢いマリアはわかってくれるね? そうだね、パパの用事が済んだら一緒にお祭りを見て回ろう。あっちには曲芸師もいるみたいだよ。楽しみだねぇ!」

 雑踏の中、男は愉快そうに笑った。大きめのトランクケースを片手にのそのそと歩く、ボロ切れのようなローブを着た男だ。枯木のような体、頭髪は白く、髭もまばらで、眼窩は濁り、顔のあちこちに染みがあり、目元には深い皺が刻まれている。一見するとただの老人に見えるが、濁った眼差しは炯々とした光を湛えていた。希望に満ちた眼差しだった。自らの希望は他者の絶望の上に成り立つと信じ切っている眼差しだった。
 人波を掻き分け男は進む。その間にも男のお喋りは止まらない。すれ違う者達は時折うるさそうに男を見るが、彼らには彼らの用事があり、そのため、男に対してそれ以上の関心を抱くことはなかった。
 だから誰もその異様さに気付かない。
 男はひっきりなしにトランクケースに向かって語りかけていた。