あまりの蒸し暑さでうっかり夜明け間際に意識が覚醒してしまったのも。
二度寝したらめくるめく除湿機の夢を見たのも。
化粧がどろどろして不快だったのも。
渋谷駅で迷って電車を逃したのも。
おかげで遅刻ギリギリだったのも。
初めて小説を書いたはずの弟の文章が思いの外うまくて凹んだのも。
みんなみんな湿気のせい。
「全く今日は良き日だ。そうは思わないかね?
まず天気が良い!日差しは穏やかで、風は爽やか。これだけで外出する理由になるくらい、晴天には人の心すら晴れやかにさせる何かがある。
次に…まぁこれは極めて個人的な理由だが、体調が良い。ここ数日ベッドの上で要静養と言う名の軟禁地獄だった自分には久々の外出すら胸躍る大冒険の気分だよ。
そして、新たな出逢い。街に出れば何かしらの新しい発見、驚きと感動がそこにある!室内に閉じこもっていてはわからない出来事に確実に遭遇出来る。そんな当たり前のことを改めて気付かせてくれた君達に乾杯だ!!」
「ヘリオス……」
「言うなセレネ。俺には何も聞こえぬ」
子供たちはうんざりと顔を見合わせた。
その背後から再び放たれる、一斉掃射にも似た少年の声。
「無視!?無視かね!?
目を閉じ、耳を塞いで何とする。無視、無関心は何も生まない。そんな実に非生産的な行為にいたずらに人生の時間を費やすのはいかがなものかね?
というか人が折角感謝感激雨霰を語彙の限りを尽くして伝えているのだからしっかり聴きたまえ。喋るのは嫌いでは無いが一方的に喋るのは嫌いなんだ」
よくもまあべらべら回る舌だ。セレネは思わず関心してしまった。
「もう、うるさいを通り越して果てしなくうざいのだが」
ヘリオスは『俺もお前と同じ気持ちだから』というように頷いた。そのまま足を止め、ぐるりと振り返る。
「……お前、なんなの?」
極めて簡潔な問い。
さすがに苛立っているらしく、不機嫌そのものの態度。
しかし、当の少年は涼しい顔ときた。どうやら無反応よりは嬉しいらしい。
「“お前”じゃない」
イタズラっぽい笑顔。
「オレの事はレファルと呼びたまえ。親しげに、な」
.