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「――結果から報告すると、結界については特別異常はなし。妖しい人物もなし。念のためここ1年以内の出入りを確認したけど、ちゃんと全員の身分も確認済み。妖しい人間はいませんねえ」


机に広げた資料と、部屋に壁に魔法の文字によって印字された出入りの記録を示しながらそう報告するリーサに私は目を細める。

ここ1年の間にこの王宮に出入りした人間のリストだ。リーサが管理するこの王宮の結界は、国自体を管理している結界とはまた別で、もう一段階ランクが上のものになる。

ここは王が生活をする場所だ。祭りの時に外と隣接する館以外には、こうしてその魔法をかけた人物の手に寄って誰が入り、誰が出たのか、という管理が出来るようになっている。

まあ、今回のようによほどの事がない限りこの機能はまるで日の目をみないのだが、そのために王宮に勤める人間は全員魔力の性質の検査をされるし、言わば指紋にも似たような魔力結晶というものも全員漏れなく採取される。

来客などに関しては結界を通った次点で部外者であることが伝わるので、下手な事をすれば逆にすぐにわかるという事だ。もちろん来訪者リストもあるので、そちらに詳細を記載しているわけなので。

余談だがこの王宮の結界とほぼ同じものを今アルメティナは国全域にかけるという話が進んでいるのだ。それがイノリが今回持ち帰って来た防御結界の話なのだが。


「私が追加で頼んだことは?」

「それはこっちのリストにまとめたよ。言われた中で気になる人を詳しく調べてみてるけど…妖しいのはここら辺かなあ」

「根拠は?」

「現状可能性があるのはタルバデア、キテマーラ、セントカルディアの三国だけど、後者二つは内政が破綻寸前だからこっちに気を使ってる暇なんてないはず。だとしたらタルバデアだけど、前回の使節団の話を考えると、国的な絡みは薄いよね」

「つまり今回の件は国絡みではないと?だとしたら個人的怨恨ということですか?」

「その可能性が高いけどお…まあもともとは無国籍の集団だしねえ。ただ今回の話を詰めていって妖しい噂があったから、メルちゃんに探るようには伝えておいたよ。その結果次第かなあ」

「今更うちの国を狙うメリットはなんです」

「これが国なのか、組織か、個人かって話で変わってくるけど、まあ国はないにしろ、王様直接狙う気がないのなら、必然的に狙いは絞られるよね。この国で打撃をうけて一番いたいのは、ルカさんか、私でしょ。そして奇しくも私は怨恨の線が濃厚だし?」

「…まさか、」

「さて、それについては調査中だけど。私がここに来た後に、あの人達、大打撃くらって消えたかと思ったけどどうやらそうではないらしいし」

「それを今メルセデスが?」

「うん。まあ、ほぼ確定とみてるんだけどね」


こういうのは勘があたるんですよお、とへらへら目の前で笑うリーサに私は険しい表情のまま目を細める。今回の王宮の事故。もしもこれが事故ではなく事件であり、そして誰かの手によって故意に起こされたのだとすれば、その理由はなにかということになる。

濃厚なのは、他国からの差し金で誰かがこの国に喧嘩をしかけようとしていること。けれどそうならば、ここまで回りくどいのはおかしい。

国ではないにしろ、組織か個人かがそうするとも考えられるが、逆にその規模で国ひとつを敵に回すのは頭がいいとは言えないだろう。

だとしたら可能性は、リスクが大きくてもこの国を敵に回しても始末したいものがある。もしくは、個人的なもの。要するに、今私とリーサが疑っているのは、この国の、この王宮で、現在1年以上かけて行われているのが何者かによる『暗殺行為』なのではないかということなのだ。


「ルカさん落とせばうちの国はいくらか弱くなる。それをネタに他国をけしかけるとか…そのためにはもちろん私も潰す必要があるけど…私が関わってくるとまた話が変わるじゃん?」

「でも貴方は、」

「そこがひっかかるよねえ。私がここに来た時点で過去の生い立ちについては外には漏れないはずだし…だとしたらあの時の生き残りがいたと考えるのも不自然じゃないけど…それならどうしてこんなに時間をかけたのか…」

「仮にその二つが目的だったとしても、結局はこの考察は『復讐』であることに代わりはないんですね」

「まあそうだろうねえ。国や組織が今この国を敵にしたっていいことないし。だとすれば捨て身で万が一でも成功すればラッキーくらいの話じゃん?」

「…どうでもいいけど軽いなお前」

「いやいや〜…これでもちょーっと機嫌悪いんですよ〜?」


私がリーサに依頼をしてから5日が過ぎている。その間にリーサは調べて欲しい事は全て調べ上げ、その上での結論を述べているのだ。

恐らくこの国は、こちらが気付かない間に長期的に暗殺者に潜り込まれていて、そして今そいつが漸く動き出し、我々を狙っているのだという。


「しかしうちにも一応タルバデア出身者がいるんですね」

「んー、まあ。隠してたみたいだけどね。元々難民多いし…まあそこから王宮勤めになると難易度高いけど、ああいう人達って教育だけは無駄にハイスペックで受けてるからさ」

「まあ」

「この人とこの人なんか、そもそもの生まれはキテマーラだよ。ま、ここまでわかりゃ同類ですな、確実に」

「貴方は?」

「さて?私孤児だからな。多分セントカルディア出身だけど。ほら、見た目が物語るってやつよ」

「まあ、それは散々いろんな人に言われたことですしね」

「そうそう〜」


呑気に差し出した資料を指差しながら説明するリーサは「さてルカさん」といつにもましてにこやかに私を見上げて片手を空中で振りかざす。その動きに逢わせて壁にぎっしりと書かれていた王宮の出入りの記録は綺麗に消えて、いつもの部屋に戻ったそこでリーサは机に両肘をついた状態で顔の前で手を組んで見せた。


「どうしよっか」

「ここまで調べられてまだ見つけられないとなれば、それなりということでしょう。…貴方ならどうしますか?」

「私?そうだなあ…狙ってるものの弱いところを狙うのが常套句だよね。例えばそれが私やルカさんだったら…もう答えはひとつかなあ」

「…?」

「ただそう考えるとねえ…考えるだけでおぞましいというかねえ…」


どうしようかなあ、と意味深に呟きながら手元を見つめるリーサに、私はその言葉の意味を考える。弱点を突くのは当たり前だ。けれど私やリーサを含めてこの国にそれが明確にある人間なんてほとんどいない。

ともすれば、何を狙うだろう。本人がダメならば、周りだ。けど知っての通りうちの五省はどこをとっても隙はないだろう。かといって王様を狙えばバレる。じゃあ、それ以外なら?


「…、シノ、」

「やっぱりそうなるよねえ」


この王宮で今一番五省に近く、そして私に一番近しい、力の無いもの。そしてリーサも気に入る人物だ。これ以上ない格好の獲物。


「まさか!」

「今回の事故が侍女や文官を狙ってるのもひっかかるし。この話があがってルカさんが真っ先にメルちゃんを動かしたでしょ。そもそもの話、うちの警備体制の主体がほとんど見破られてることになる。だとしたら、その理由はひとつ。知っていたからだよ」

「…知っていた?」

「ルカさんが剣を握らせたら誰より強い事も、私が防御が主体じゃなくて、本来はターゲットを追いつめる性質があることも、アイナが剣より肉弾戦が得意で、リーシャルが攻撃魔法の最大手、メルちゃんは力じゃなくて隠密活動…つまりこの国が掲げる本来の役割が、カムフラージュであるということを、知っている」


この国の、五省の役割。

表向きは戦闘の要である第一師団を担うのは、ラムリア・アイナ。アルメティナでは女剣士として有名だ。彼女は剣を持ち、剣で戦う。けれどそれは己の本来の力を剣によって抑制するためだけのものであり、彼女は剣の一流ではない。

同じように第二師団として隠密機動隊を指揮する私も、同じだ。私の主戦力は剣であり、決して隠密活動が主ではないのだ。

犯罪者やスパイを相手に拷問を担うリーシャルも、本来は魔導士の天才。メルセデスは王の側近だが、実際はこの国で一番諜報活動を得意とする隠密人員である。そしてリーサは防御の一端を担っているが、実際は捕らえた人間からどんな手を使っても情報を引き出す拷問のプロ。

全員が全員、世間に掲げた役割とは違う、本来の一番得意な顔を持っている。それが、このアルメティナという国がもつ五省の本来の性質だ。けれどそれは、私たち張本人しか、知る由はない。本来ならば。


「5年前に潰れたと思ってたけど、残党がいるねこれは」

「報告をあげていたんですか」

「いや?でもああいう人達は潜り込んだらすぐわかるよ。さて、現在最悪のシナリオへ進む予測が出来たわけですが〜」

「リーサ、」

「ねえルカさん?今回の話さ。ぜーんぶ私に頂戴よ」

「…、」

「大丈夫。シノちゃんには絶対危害を加えさせないし、この国も犠牲にしない。逃がした獲物は自分の手で始末つけないと…ねえ?」

「出来るんですか?」

「やるよお。じゃないと折角私を拾ってくれた王様に示しつかないし。ルカさんにも悪いしねえ…それに私があの時無くしたものの代償に手に入れたのがここだとしたら、今回の話はその代償に見合わない。痛い思いしたのに完璧じゃないなんてそんなの許せないじゃん?」


顔の前で握り込んだリーサの左手。その左腕を右手がさする音が静かに部屋に響く。それを暫く無言で見ていたルカは「わかりました」と小さく息を吐き出した。


「貴方に一任します。が、わかってますね?」

「もちろん」

「シノに傷ひとつでもついたときには、…次は右を貰うぞ」

「えっ怖!…まあ、もちろんシノちゃんに手出しなんて、させないけどね」



不敵に笑うリーサの表情にルカは手渡された資料に視線を落として溜め息をつく。そこに記されている何人かの名前をなぞり、目を伏せると「任せました」と静かに席を立ち上がった。

思い出した。名前を見て、その違和感と、リーサの話を聞いて。『彼女』には、『匂い』がないのだということを。















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